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    吉田清治

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    1:2017/06/27(火) 17:10:10.59 ID:
    忠清南道天安市の国立墓地「望郷の丘」にある「日本人の謝罪碑」を「慰霊碑」と無断で書き換えたとして、69歳の日本人の男が公用物損壊の疑いで韓国の警察に刑事立件された。

    この謝罪碑は、太平洋戦争当時、朝鮮人の強制徴用や慰安婦動員の任務に当たっていた日本人の吉田氏が1983年に建てたものだ。

    天安西北警察署が26日に発表したところによると、日本人の男は今年3月20日午後9時ごろ「望郷の丘」の墓地にある謝罪碑に「慰霊碑」と書かれた石板を張り付けた公用物損壊の疑いが持たれている。

    この男は犯行後に日本に帰国したが、今月24日に仁川空港から韓国に入国したという。

    男は警察の取り調べに対し「謝罪碑の内容が歴史的事実と異なるため、謝罪碑を建てた人物の息子から頼まれて書き換えた」と供述し、犯行を認めているという。

    この謝罪碑は、植民地時代に日本に強制徴用されたり慰安婦などとして連れていかれたりしたまま日本など海外で亡くなった韓国人のうち縁故のない人のための合同墓地の中に建てられている。

    しかしこの謝罪碑は韓国語で「慰霊碑、日本国、福岡県・吉田雄兎」と書かれた「慰霊碑」に取り換えられた。


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    1:2017/06/26(月) 07:56:01.17 ID:
    【速報】慰安婦謝罪碑を書き換えた奥茂治氏仁川空港で逮捕
    2017/06/25
    http://hi-hyou.com/archives/6467
    吉田清治氏が韓国内に建てた「慰安婦謝罪碑」を、清治氏ご長男の依頼で、「慰霊碑」に書き換えた沖縄の奥茂治氏が、6月24日午後3時47分に仁川空港内で韓国警察に逮捕されました。

    おそらく「公共物を破損した」という罪での逮捕だと思われますが、奥氏の立場は、「謝罪碑は吉田清治が私費で建てたもの。
    清治亡き後、謝罪碑は長男が相続したとみるべきだ。長男の依頼で文面を書き換えることは理にかなっている」というものです。
    韓国警察からは再三出頭依頼があり、奥氏は、自分の正当性を韓国警察に説明するために、韓国に入国したと思われますが、入国した途端に身柄を拘束されたようです。


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    1:2017/06/11(日) 21:07:00.70 ID:
    「父の謝罪碑を撤去します」

    「韓国ではソウルだけでなく、釜山の日本総領事館前にまで慰安婦像が建てられ、さすが の日本政府も駐韓大使を一時帰国させました。日韓関係はこじれるばかりです。 『最終的かつ不可逆的』な解決を確認した平成二七(二〇一五)年末の日韓合意は、いったいどうなってしまったのでしょうか。

    昨年(平成二八年)春に大高さんの取材を通じて私は『慰安婦像をクレーン車で撤去したい』と本音を申し上げましたが、事態は像の撤去どころか悪化しているように感じます。

    父が発信し続けた虚偽によって日韓両国民が不必要な対立をすることも、それが史実として世界に喧伝され続けることも、これ以上、私は耐えられません。

    吉田家は私の代で終わりますが、日本の皆様、そしてその子孫は後に遺されます。いったい私は吉田家最後の人間としてどうやって罪を償えばいいのでしょうか。今日に至るまでそのことをずっと考え続け、せめてもの罪滅ぼしに決断したことがあります」

    電話の相手は吉田清治氏の長男。平成二九年一月の話である。

    平成二八年に私は長男への取材を行い、父・吉田清治氏の実像を雑誌に発表した(『新潮』平成二八年九月号)。その際、確かに長男は「慰安婦像をクレーン車で撤去したい」と語っていたが、その願いとは逆に、慰安婦問題が再燃し、日韓関係がこじれているのはご存じの通りである。

    長男も言うように日本は駐韓大使を帰任させたが、二〇一七(平成二九)年三月には、

    日韓合意を締結した大統領である朴槿恵氏が、弾劾によって失職、その後、逮捕された。同年五月一〇日、文在寅氏が韓国の第一九代大統領に就任したが、彼は日韓合意の見直しに言及している。

    長男は、続けて言った。

    「父が韓国に建てた謝罪碑を撤去しようと思います」

    「撤去」

    思わず聞き返したが、彼は静かにこう続けた。

    「慰安婦像は彫像の権利問題もあり、一民間人の私が撤去することは事実上、不可能です。しかし、父が私費を投じて建てた謝罪碑であれば、遺族の権限で撤去することが可能なはずです」

    なるほど、慰安婦像をクレーン車で撤去するのは無理としても、あの「謝罪碑」であれば……。

    長男の言う「謝罪碑」とは、昭和五八年一二月、吉田清治氏が韓国忠清南道天安市「望郷の丘」に建立したものだ。清治氏は、その除幕式に出席し、私費で建てたとされるその「謝罪碑」の前で土下座した。

    http://www.sankei.com/world/news/170611/wor1706110001-n1.html

    >>2につづく
    2:2017/06/11(日) 21:07:16.13 ID:
    >>1
    石碑は朽ち果てることがない

    平成二九年一月、長男から「謝罪碑」撤去の決意を聞いた私は、代理人となった奥茂治氏に連絡をとった。奥氏は私にこう言った。

    「長男はおとなしそうに見えますが、芯は強い男です。今回の決断は本気ですね。さっそく現地の視察に行ってきます。清治氏が建てた謝罪碑の状態を見てみなければ、何も前には進みませんから」

    その後、しばらくして奥氏は現地確認が完了したと連絡をくれた。

    「撤去は容易ではありません。謝罪碑は横幅一二〇センチくらいの大きなもので、日本によくある碑のように地面に対して垂直に建てられているのではなく、コンクリートの地面にぺったりと埋め込まれていました」

    なるほど確かに「謝罪碑」は、慰安婦像のように立っているものではない。

    奥氏は言う。

    「あれを撤去するとなると相当な工事費用が必要です。長男が前に言っていたクレーン車での慰安婦像撤去のほうがよほど作業的には簡単ですよ」

    ではどうするのか。

    「早速、長男に現地の状況を説明し、二人で様々な案を出し合ったのですが、最終的な結論としては謝罪碑の文言を書き換えるしかないということで落ち着きました」

    あの有名な清治氏による”謝罪の言葉”を”書き換える”というわけだ。長男はこう言った。

    「父が建てた謝罪碑は、日本のお墓のように小さなものだと私は思い込んでいたのですが、違ったんですね。とても撤去できるものではない。

    撤去できないなら仕方がない。朝日新聞のお説に従って、ダイナマイトで破壊すればよかったんですが……。それでは過激派になってしまうので、つまり、碑を書き換えるしかないのです」

    つまり長男は、こう言いたいのだろう。朝日は清治氏の証言を「虚偽」とした。新聞は、その証言を報じた記事を「取り消し」すればいいだけだった。しかし、その「虚偽」が石碑に彫られてしまっては「取り消し」は不可能だ。だからこそ撤去するしかないのだが、その撤去が難しいとなれば、本来なら爆破するしかないというわけだろう。

    もちろん冗談ではあるが、「ダイナマイトで破壊」という言葉に私は少し驚いた。長男は非常に穏やかな苦労人だからだ。

    たとえば東日本大震災の際には、「日本人なら当然」とボランティアに何度もはせ参じた”普通の感覚”を持つ男性だ。

    後述するが、長男は父と母、病気の弟の生活を背負って働き、自分の時間がまったくない人生だった。

    その長男が静かに語った決意には、穏やかな中にも信念がうかがえた。

    「謝罪碑」の文言の書き換えについて、長男はさらに次のように語った。

    「朝日新聞が調査をし、間違いだったと発表したわけですから、それに沿って間違いは正さなければなりません。朝日新聞社は謝罪碑の間違いを正さないでしょうから、正すことができるのは私しかいない。長男しかいません」

    その通りだと思う。

    本来なら、国連や海外メディアに対し、自らが報じた吉田証言が誤報だったことを伝えて回るべきだろうが、朝日がそれを行った気配はない。自らの報じた記事の後始末もできない、あるいはしないのに、朝日がお墨付きを与えた「謝罪碑」の間違いを正すはずはない。

    「私が心配しているのは、(謝罪碑がこのまま残って)将来、政治的な問題になることです。その芽を摘み取ってしまいたい。石碑だと朽ち果てることがありませんからね。

    一介のビジネスマンから見た話でしかありませんが、いまの韓国は朴槿恵前大統領をあれだけヒステリックに、まだ攻撃をしようとしているわけですよね。こんなことを言う立場ではないですけど、尋常じゃないですよ。あの熱狂的な韓国人の中で謝罪碑が政治問題化したらもう消せなくなります。ですから、誤った歴史が残らないようにしたいのです」

    長男は朝日新聞よりも、はるかに誠実だと私は思う。

    ※この記事は、「吉田清治」長男による韓国・天安市の「謝罪碑」撤去をルポした『父の謝罪碑を撤去します 慰安婦問題の原点「吉田清治」長男の独白』(大高未貴著、産経新聞出版刊)のプロローグと第1章「終わらせる」から抜粋しました。
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    1:2017/05/12(金) 11:07:25.67 ID:
    朝鮮半島で女性を強制連行したと偽証した吉田清治氏(故人)の長男が、父親が韓国内に建てた「謝罪碑」の碑文の説明も虚偽だとして、関係者を通じて碑文を書き直していたことが11日、分かった。長男は「父が発信し続けた虚偽によって日韓両国民が不必要な対立をすることにこれ以上、耐えられない」と説明している。長男は、ジャーナリスト、大高未貴氏の新著『父の謝罪碑を撤去します』(産経新聞出版、6月2日発売予定)で、経緯などについて詳細に語った。



    2017.5.12 07:00
    http://www.sankei.com/politics/news/170512/plt1705120011-n1.html
    http://www.sankei.com/politics/news/170512/plt1705120011-n2.html

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    1:2016/10/17(月) 01:36:10.34 ID:
     日本が組織的な「慰安婦狩り」を行ったという吉田清治氏の証言は平成26年8月5日に、朝日新聞が朝刊で「虚偽」と判断し、関連記事も撤回された。果たして彼はなぜ、このような偽証をしたのか、私はずっと疑問を抱き続け、彼の長男にインタビューをするなどして、その真相を追ってきた。その成果の一部はすでに「新潮45」9月号に、掲載している。

     取材で興味深かったことの一つは、吉田氏から韓国の「ある組織の人」と接触していたと明かされたという、公安警察の刑事の証言だった。この刑事は「私は聞いた時からKCIAだと思っていました」と話した。KCIAとは当時、国家安全企画部だった韓国の情報機関のことであり、この刑事の推測が事実なら、吉田氏は韓国のスパイか工作員として使われていた可能性すら出てくる。もちろん、裏付ける証拠はまだないのだが、吉田氏が戦前戦後を通じて朝鮮社会と深い関わり合いをもっていたのは事実である。本誌では、このことについて報告してみたいと思う。

    ■「ある組織」とは

     私がインタビューした公安警察の刑事とは、神奈川県警の元刑事・堂上明氏(仮名)だ。堂上氏は、昭和三十七年に警察学校に入学し、翌年から神奈川県警の戸部署、横浜水上署、本部外事課、鶴見署などに勤務し、公安警察の最前線で諜報活動を行ってきた人物である。その彼が、なぜ吉田氏のことを詳しく知っているのか。彼の話をもとに説明しよう。

     堂上氏は昭和51年、ソ連に留学した経験がある吉田氏の長男とその弟と接触。横浜港に入ってくるソ連船の動きを見張るため、兄弟の語学力の活用を試みた。

     「東芝のパーツ工場にソ連の大学を卒業した人物がいるという情報が入ってきて、会いに行きました。当時、水上警察署のほうから船会社でロシア語ができる人間を求めているという話があった。これは就職させられると、兄は東京共同海運に、弟は別の運輸会社の横浜支店に就職させました」

     いま78歳だという堂上氏は、かつての職場の身分証を示しながら丁寧に記憶を辿って話し始めた。彼は吉田家と一家ぐるみの付き合いをするようになり、昭和55年の梅雨時、吉田氏から重大な事実を聞かされたという。その時のことを、こう証言する。

     「突然、鶴見署へ私を訪ねてきた。玄関で土下座して私を呼んでいると連絡があったので行ってみると、奇妙な話を始めた…」

     堂上氏の証言では、吉田氏はこんな話をしたのだという。

     「実はある人から『お前の息子たち兄弟は敵国であるソ連のために働いていて、けしからん。こういう状況ではこれまで進めたこと、これから進めることにあんたは参加できなくなる。即刻、兄弟をソ連のために働いている会社から退職させなさい。あとの就職についてはこちらで面倒みる』と言われました。それで息子たちに内緒でそれぞれの会社を訪れ、退職させてきました。でもこのまま帰宅したら息子たちに殺されかねないので、息子たちの間に入って、彼らを納得させてほしい」

     堂上氏は、吉田氏の息子たちを、ソ連のために働かせたのではなく、ソ連の情報を集めるために、会社に潜り込ませたのだが、吉田氏はそれを知らなかった。しかし、吉田氏に、そんなことを言わせた「ある人」とは誰だったのか。堂上氏は私の前で、このときの吉田氏との会話を再現した。

     「私が『一体、あなたにそう言うのは、どんな組織の人なんですか』と聞いたら、口ごもってましたが、やがて『半島の人です』と言いました。半島といっても二つあるから『どちらですか』と重ねて問うと、『韓国です』と。実は私は聞いた時からKCIAだと思っていました。それを口に出させようとしたんですが、結局、最後まで『ある組織』とだけしか言いませんでしたね。『その組織がいつも2、3人、そばについていて、もう自由に行動できない』とも言っていました」

     昭和55年といえば、吉田氏が慰安婦について初めの著作『朝鮮人慰安婦と日本人』(新人物往来社)を書いてから、3年後である。そのとき、彼は「組織がいつも2、3人、そばについていて、もう自由に行動できない」という状態にあったというのである。

    http://www.sankei.com/premium/news/161017/prm1610170003-n1.html

    >>2以降に続く)
    2:2016/10/17(月) 01:36:38.15 ID:
    >>1の続き)

     とはいえ、彼の偽証にKCIAの関与があったとしたら、そのずさんな工作ぶりには疑問が残る。長男は私に「韓国から戻ってきた後、父のパスポートを見てびっくりした記憶があります。日本からの出国と帰国のスタンプはあるのですが、韓国への入国、出国のスタンプが押されていない。何故かと聞いたら、韓国の空港につくやいなや韓国政府の人がやってきて特別室に案内され、そのままソウルの街に出たんだそうです」と話したのだが、私がこのことを韓国の情報筋に問うと「まがりなりにもKCIAは国の情報機関ですからそういった失態はしないでしょう。政治家や民間の活動家の失態ならまだしも…」という。

     吉田氏は堂上氏にある組織から30万ばかり借りていると告白しているが、これも不自然だ。仮にKCIAなら、もう少しまとまった金を渡すのではなかろうか。

     そんな疑問を堂上氏にぶつけると「KCIAも、途中で嫌になっちゃったんだと思いますよ。この人を利用することはできないなと気がついた。そしてKCIAより、朝日新聞がうまくやってくれたということ」と苦笑した。

     吉田氏はこの4年後、韓国で元慰安婦に謝罪するパフォーマンスなどをし、朝日新聞によって集中的に報じられた。翌年、韓国が全斗煥大統領(当時)の初訪日の際、朝鮮半島統治などについて昭和天皇の反省表明を日本側に求めていた事が発覚(産経新聞平成27年3月30日付記事)、昭和天皇は宮中晩餐会で遺憾の意を表明することになる。そこにKCIAの工作があったと決めつけることはできないが、少なくとも、朝日新聞の世論誘導と無関係とはいえないのではないだろうか。

    ■封印された朝鮮養子の過去

     吉田清治氏が朝鮮半島出身者と、単なる知人などというレベルを超えた深い関係を持っていたのは事実である。彼の来歴で、最も不可解だとされていた事の一つに朝鮮人養子の謎がある。吉田氏は戦前、22歳のときに満州で李禎郁という19歳の男性を養子にしている。禎郁氏はその5年後、満州で日本人と結婚する。吉田氏の長男はこう言う。

     「若い頃、正義感に燃えて養子にしてやったと父は言ってましたが、どこまでが本当のことなのか。私は会ったことがありません。ただ養子にしたことで、親戚から戸籍を汚したと、非難されたようです」「禎郁氏は戦後、全駐留軍労働組合の組合委員長になったようです。沖縄にいたということを聞いたことがありますけど、なにせ一度も会ったことがないので分からないのです」

     全駐留軍労働組合は米軍基地の労働者の労組である。禎郁氏が沖縄にいたことは確認が取れなかったが、福岡市板付の米軍基地(福岡空港)で活動家になっていたことは確かだ。前述の堂上氏も、私にこう証言をしていた。

     「『あなたはなぜ韓国に興味を持っているか』を聞いたんです。そうしたら、『私はいいこともするんですよ、全駐労って知ってますか。全駐労の人とも私、お話ししてます。全駐労の初代委員長、韓国人なんですよ。でもそれじゃ困るからと私の籍にいれさせたんですよ』。そういう話を聞きました」

     すでに知られていることだが、吉田清治氏の本名は「吉田雄兎」である。禎郁氏の父母は現在の北朝鮮にあたる朝鮮半島咸鏡南道出身だったが、記録では、昭和12年4月30日に吉田雄兎の養子となっている。

     その後、禎郁氏には2人の子供が生れた。長男は昭和18年に福岡で出生、次男は昭和20年8月に中国・遼寧市で生まれている(翌年瀋陽で死去)。だから日本と大陸を行き来していたことがうかがえる。さらに戦後は日本に来て、2人の子宝に恵まれ、吉田家の籍からは昭和23年に抜けている。

     不思議なのは、清治氏が自著『朝鮮人慰安婦と日本人』で、禎郁氏を戦死したことにしていたことだ。吉田氏は、禎郁氏の戦後を封印しているのだ。

     この本には、禎郁氏と思われる「金永達」という人物が登場するが、この「金永達」は東京生まれで、昭和12年に吉田氏の養子となり、同年小学校教師の日本人と結婚、直後に小倉連隊に入る。12年、満州国国務院地籍整理局の官吏に合格した吉田氏は新京の日系官吏養成所の勤務となり、寄宿舎で同室だった同僚が「金永達」だったことになっており、朝鮮出身の官吏が日本人待遇から満人待遇に変更させられ、肩を落とす「金永達」に対して、吉田氏は養子縁組を持ちかけるのだ。

     同書には「私はそのとき、金永達にたいして民族的な優越感をもって、無造作に自分の思いつきを話だしていた」とある。

    (続く)

     
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    1:2016/08/24(水)12:09:23 ID:
    ころっけ? @korokke1kko
    慰安婦捏造の吉田証言 長男が告白
    親父のパスポートには 韓国の入国スタンプは無い

    結局記事を取り上げる時に 現地に行ったか確認してない朝日の愚かさが今日の日韓関係の根底問題を炎上させたのが証明された
    メディアさん裏取程度しましょうや
    2016年8月23日 午後7:36
    8件のリツイート
    2件のいいね
    https://mobile.twitter.com/jw01wm6bboniwbs/status/768276200150016000


     「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」
    「謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていませんでした。なぜなら…」

     朝日新聞は、吉田氏の戦後の経歴を「サラリーマン」などと報じていたが、吉田氏は人生の大半は定職につかず、
    その生活費は息子たちが賄っていたという。
    著作、講演活動を繰り広げながら満足にお金を得ることもなく、生活は常に困窮していた。
    吉田氏は一体、誰のために、何のために活動してきたというのか?
     その謎を解くカギの1つは、吉田家と家族ぐるみで長期にわたって付き合いがあった、
    神奈川県警の元刑事A氏から教えてもらった。

     吉田氏は「朝鮮半島のある組織にお金を借りていた」というのだ。
    吉田氏の韓国謝罪行脚をテレビで見ていたA氏は「正直なところ、可哀そうだなと思いました。
    (略)痩せちゃっているし、おびえている姿そのものでしたよ…」と当時の印象を語っている。

    ◎全文は下記からどうぞ(・ω・)ノ
    http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160823/dms1608231140003-n3.htm
    3:2016/08/24(水)12:19:57 ID:
    工作員であった訳だ
     
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    1:2016/02/17(水)22:12:22 ID:
     日本政府が国連で、慰安婦の強制連行を完全否定した。
    「政府発見の資料には軍や官憲による強制連行を確認するものはなかった」「性奴隷は事実に反する」などと説明し、
    国際社会に誤解が広がった背景として、吉田清治氏と朝日新聞を名指しした。事実上の“断罪”といえそうだ。

     これは、スイス・ジュネーブの国連欧州本部で16日午後(日本時間同日夜)に開かれた、
    女子差別撤廃委員会の対日審査会合で披露された。

     政府代表である、外務省の杉山晋輔外務審議官はまず、昨年末の日韓外相会談で、
    慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に解決」することで合意したことを説明した。

     そのうえで、強制連行説は「韓国・済州(チェジュ)島で女性狩りをした」とする吉田氏による「捏造」で、
    朝日が吉田氏の本を大きく報じたことが「国際社会にも大きな影響を与えた」と指摘した。
    内容は「複数の研究者により『完全に想像の産物』であったことがすでに証明されている」とも明言した。

     また、「慰安婦20万人」についても、朝日が(戦時中の勤労奉仕団体の1つである)女子挺身隊を「混同した」と説明した。
    「慰安婦=性奴隷」との表現についても「事実に反する」と強調した。

     日本政府が国連の場でこうした事実関係を説明するのは初めて。遅きに失した感もあるが、
    中韓主導で日本を貶める“歴史戦”で反転攻勢に出たといえそうだ。

    ◎全文は下記からどうぞ(・ω・)ノ
    http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20160217/dms1602171700009-n1.htm

     
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